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中央区勝どき・東陽院に十返舎一九の墓所:林田力

東京都中央区勝どき4丁目に真圓山東陽院という寺院がある。東陽院は新島橋のすぐ脇に位置する。もともとは浅草にあったが、1930年(昭和5年)に現在の場所に移転した。当時の浅草は日本最大の歓楽街として賑わっていた。

東陽院は都心らしく小さな寺であるが、境内に一歩入るだけで清澄通りの喧騒から離れられる。日常感溢れる現実世界の中にあって、ひたすら上昇を求める魂の姿を象徴していた。

記者は2009年6月19日に参詣したことがある。記者が東陽院に参詣した目的は江戸時代後期の作家・十返舎一九の墓所であった。一九の墓所は東陽院の正門右手にある。一九は日本で最初の職業作家と言われる。代表作『東海道中膝栗毛』は弥次郎兵衛と喜多八の道中記である。会話中心の文体は当時としては斬新な試みであった。斬新であったために当初は版元が出版を躊躇したほどであった。ところが、出版と同時にベストセラーとなった。

記者は2009年7月1日に自らの不動産トラブルを描いたノンフィクションを出版した(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社)。この書籍の特徴は裁判期日における当事者及び代理人弁護士と裁判官の会話を丹念に再現したことにある。複雑な裁判事件を会話中心で展開させたことは一つの挑戦であった。そのため、記者は一九の墓で出版の成功を祈願した。単純明快な願いができるだけよく伝わるようにゆっくりと祈った。

東陽院の正門左手には防災まなぶ不動明王尊がある。これは東京消防庁臨港署員の佐藤学消防司令を慰霊するものである。「防災 まなぶ不動明王尊縁起」によると佐藤消防司令は1982年5月5日深夜、中央区勝どきのマンション火災現場で7階ベランダに突入し、4人の救助に成功した。彼は自分もリフターに乗れば重量が超過してリフターが墜落することを懸念して、はしご車から降りようとした。しかし、噴射した火炎と熱風に圧せられて殉職した。

高層マンション建設に対して意識の高い住民が多い地域では反対運動が起きることが多い。日照の遮断や景観の破壊が主な理由となるが、狭い道幅の地域への大規模マンション建設に対しては火災時の消火活動の不都合をも問題点として挙げられる。佐藤消防司令の殉職も無秩序な高層化による悲劇と位置付けることができる。佐藤消防司令の勇気を称えることは悪いことではないが、根本的な問題に目を向けなければ同じ悲劇を繰り返すことになる。これは組織や社会の矛盾を個人の努力と頑張りで解決することを強要する傾向が強い日本においては特に重要である。

勝どきは古い町並の背後に高層タワーが次々と建設されており、下町の風情が失われつつある。東陽院のような場所が残っていることに少しの安らぎを覚えた。
http://www.hayariki.net/cul/travel2.htm

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